呼び出されたマンションで、私は目付きの悪い男らに囲まれた。
入社10年目、私はお客様からのクレームを扱う部署に配属された。
同期入社の同僚、「クレーム係は大変だな」
私、「転職しようかな」
同僚、「子供が生まれたばかりだろ、頑張れよ」
私が転職をしようと思ったのは、クレーム係に配属された者の離職率がメッチャ高く、しかも、会社を辞めた者の多くは精神を患う。
クレーム係のOL、「係長、お願いします」
同期入社の同僚、「頑張れよ、係長(笑)」
平社員だった私は、クレームを扱う部署に配属されると係長に昇進し、給料がちょこっと増えた。
私、「どうかしたの?」
クレーム係のOL、「お客さんが、上の者に変われとシツコイんです」
クレーム対応でお客さんから、「上の者に変われ」と言われるのは良くあること。
私、「分かった、僕が対応するよ」
OL、「スイマセン」
男の私が対応することになると、「上の者に変われ」と言っていたお客さんの口調は穏やかになった、このようなことも良くあること。
お客さん、「故障で使えないから、取りに来てくれる?」
私、「かしこまりました。さっそく、担当者に取りに行かせます」
お客さん、「担当者じゃダメだよ、アンタじゃないと」
会社にいると、面倒なお客さんの相手をさせられるため、私としては会社を出たかった。
私、「でしたら、私が伺います」
クレームを言って来たお客さんのところへ伺うことを、ベテランのクレーム係に伝えると
ベテランのクレーム係、「一人で行かれるのですか?」
私、「人手が足りないから、一人で行くしかないでしょ」
お客さんからのクレーム対応は、会社としては利益にならないため、最低限の人数でクレーム対応をしている。
ベテランのクレーム係、「無茶はしないで下さいよ」
私、「分かってるよ」
学生時代から揉め事が苦手な私が、無茶なことをするわけがない。
お客さんからのクレーム対応にはマニュアルがあり、そのマニュアルに従えば、1人でお客さんのところに行ってはダメなのだが、他の者を連れて行けば、クレーム係の業務に支障が出てしまう。
ベテランのクレーム係、「ボイスレコーダーは持ちましたか?」
私、「スマホを持ってるから大丈夫だよ」
お客さんから強迫される場合があるため、クレーム係にとってボイスレコーダーは必需品。
私、「行って来るね」
ベテランのクレーム係、「電話はして下さいね」
私、「分かってるよ」
電話を入れるのは身の安全を同僚に知らせるため、時間が経っても私から電話が無ければ、マニュアル通り同僚が助けに来てくれる。
地理に疎い私でも、カーナビを使えば迷うことなくお客さんのところへ行くことが出来る。
私に「故障で使えないから、取りに来てくれる?」と言ったお客さんはマンションに住んでいるため、マンション近くのコインパーキングに車を停めた。
マンションの敷地の中に入ったら、身の安全を知らせる電話を同僚に入れようと思ったのだが、「〇〇の人?」。
〇〇とは私が勤める会社、私に声を掛けて来たのはメッチャ厳つい顔をしたガタイ(体付き)の良い男。
私、「そうです、〇〇の△△(私の名前)です」。
私はてっきり、そのガタイの良い男がクレームを入れて来たお客さんだと思い
私、「A様、この度は申し訳ありませんでした」
ガタイの良い男、「俺じゃねえよ」
だったら、この男は何者なんだ!?
ガタイの良い男に連れて行かれたのは、マンションの〇階。
私がクレーム係に配属された時に、前任の係長から教わったのが、マンションの◯階に住んでいる人には気を付けたほうが良い。
同じマンションでも◯階は不人気らしく、うちの会社には不人気の階に住む人からのクレームが多い。
ガタイの良い男に連れて行かれたのは不人気の階、マズイなとは思っても、ガタイの良い男と一緒のため同僚に電話を入れることが出来なかった。
マンションのどの部屋に連れて行かれるかはスグに分かった、なぜなら、1部屋だけ防犯カメラが複数設置、窓には頑丈な鉄格子、玄関にはボディーガードと思われる人相の悪い男がいたから。
ガタイの良い男、「オヤジ、△△を連れて来ました」
初めて会った人に呼び捨てにされたのは、カツアゲされた中学生以来。
要塞の様な部屋に入ろうとすると、
ボディーガードと思われる人相の悪い男に、ボディーチェックと「スマホの電源を切れ」と言われ従った。
マズイ、スマホをボイスレコーダー代わりにするつもりだったのに。
スマホの電源を切ると、ガタイの良い男に背中を押され玄関に入った、
玄関には、普通の家にはないモノが置いてあり、動物の剥製を見た時には、マズイところに来てしまったと確信をした。
部屋の中には、別のボディーガードらしき目付きの悪い男がおり、
目付きの悪い男、「オヤジ、・・・」
男らにオヤジと言われているのは初老の男性、しかし、一般人には見えない、なぜなら、初老の男性が着ている白色のシャツは背中が透け、背中には絵が描いてあったから。
初老の男性、「良く来たね」
私、「この度は申し訳ありませんでした」
男性、「間違いは誰にだってあるよ、人間なのだから」
私、「交換の商品をお持ちしました」
男性、「わざわざ悪かったな」
私としては、交換する商品を会社に持ち帰らなくてはならないのだが、故障があったと思われる商品はバットのような硬いモノで叩き壊されていた。
この状況では、商品に欠陥があったかは調べようがない、しかし、私としては一刻も早くこの状況から抜け出したいため、叩き壊された商品を持ち帰ろうとすると、
目付きの悪い男、「交換して終わりか?」
一刻も早く抜け出したい私は、万が一の場合に役立つと、前任の係長から渡されていた商品券を背中に絵が描いてある初老の男性に渡そうとすると、
目付きの悪い男、「俺のことを無視するのかよ!!」
私、「そんなつもりはありません」
目付きの悪い男が声を荒げると、奥の部屋から人相の悪い男らが続々出て来た。
男らに囲まれると、自ら正座をしてしまったのは、カツアゲされた大学生以来。
係長の私に最大限出来るのは商品券で「方を付ける」こと、しかし、商品券の入った封筒の厚みがメッチャ薄いため、男らは全然納得していない、どうしよう?
前任の係長からは、「一度甘い顔をすると何度も呼び出される」と聞いているため、これ以上のことは自ら首を絞めることになる。
スマホの電話を切っているため、会社からは応援の者が来てくれない、どうしよう?。
背中に絵が描いてある初老の男性、「俺はちょっと出掛けるよ」
初老の男性が居なくなったら酷いことをされると思い、そのプレッシャーから私はお客さんのマンションで嘔吐してしまった。
目付きの悪い男ら、「テメエ、汚えな」
私は謝りたかったのだが、口を開くと、またしても嘔吐。
これ以上、部屋をゲロまみれにされたくなかったのか、私は開放された。
玄関にいたボディーガード、「大丈夫か?」
私が「大丈夫です」と答えようとすると、
目付きの悪い男、「話し掛けるな、コイツ、吐くから」
ゲロまみれで車を停めているコインパーキングへ行くと、私のことを心配して同僚が来てくれていた。
同僚、「大丈夫ですか?」
私、「ああ、なんとか・・・」
同僚は、私の息がゲロ臭かったのか、鼻を指で摘んだ、それが悲しかった。
それ以来、私は影でゲロ係長と言われるようになったが、マズイお客さんに呼び出された場合、ゲロを吐くとお客さんは許してくれる。